9thワンダー&ミシェル・ンデゲオチェロ 「自分の意識という庭に何を植えるか、大切に考えようと思う。」9th Wonder & Meshell Ndegeocelloインタビュー (2/4)

司会レイチェル・ヒスロップ(以下:R)
ミシェル・ンデゲオチェロ(以下:M)
9thワンダー(以下:9)

R: 運の概念について教えて。勤勉さは無くても運だけでやっていける?

M: もちろん、そんなことは数学的にあり得ないけど、それでも束の間の運を得ることはできる。

インターネット・ミーム*になる人もいるから、運がそうやって得られることもあるでしょう。努力の量に関係なくね。

*インターネット・ミームとは、インターネットを通じて人から人へ拡がっていく行動やアイデア等

R: マドンナの話はしたから、次はオプラ。(オプラが製作総指揮の)テレビ番組「Queen Sugar」の音楽を担当して、自らのバンドを起用してるけど、さっき話したようなTV用の楽曲制作に関するプロセスについてもう少し教えて。

M: 誰かの番組に音楽をつけるときは、その監督の生み出す映像に命を吹き込む役割だから、自分が音楽的にどこまでいけるかや面白くなれるかは関係ない。

すごく面白い音楽が作れたとしても、登場人物の会話が聞こえなかったら台無しでしょ。だから調和関係を作り出さないと。聴いてもらうんじゃなくて感じてもらえるようなね。その音楽がなかったら物足りないと感じるけど、ストーリーを邪魔するほど主張の強くないもの。そのやり方が段々わかってきたところ。しかも、これには全員の合意がいる。その音楽をプロデューサーAが気に入ってても監督が気に入ってなかったり、みんなにはウケないかもしれないけど監督は良いって言ってたり。そうやって関わる人全員とうまくバランスが取れるようにしてる、自我を滅する作業です。だから今の私は自分のキャリア的に見て面白い位置にいると思う。

私は若者より年配のほうが色々知っているとは思わない。そういう考えだと人生が台無しになってしまう。私は実際に、周りの若い人たちから自分の知らないことを教えてもらって恥ずかしさを感じることもあるし。これは競争じゃない。競争的だから画家やアスリートになりたいと思ったこともある。でも音楽はとても精神的なものであり連体感であって、私はそれを保とうとしてる。女性は躍進を遂げたと思う。

これはオフレコにしてほしいくらいだけど…

私は、「女性である」ということに何か美しさを強く感じてる。なぜなら、私たちは2番目のマイクを持つことができるから。

一番になりたいから音楽をやってるんじゃない。一番になることは素晴らしい目標ではあるけど、私が音楽をやってるのは音楽が大好きだから。心を育むことのできる人間になりたいから。他の人たちに、その人たち自身が今までそれが欲しかったなんて気づきもしなかったような何かをあげられるようになりたいから

  

  

そして、女性がそこまで躍進した時代になったと思う。競争心は捨てること。もし人があなたをジェンダーや他の理由で差別するなら、それはその人にとっての損失。私は瞑想の訓練の中で自分に言い聞かせてます。

「競争心や差別意識は他人の考えにすぎない。私は、自分の意識という庭に何を植えるかをとても大切に考えよう」と。

  

R: 素晴らしい。

  

(会場拍手)

   


  

ここから9th Wonder(以下:9)が電話で参加。

  

R: 自己紹介と、あなたのやってることについてその理由を教えて。

  

9: 俺は自分の大好きなことの一部になりたいとずっと思ってきたし、それがヒップホップだった。それについて理解を深めたかったし、自分のやってることや聴いてるものに関してのセンスを上げたかった。

俺は70年代に生まれてパブリックエナミーが80年代に出てきた頃はバンドをやってて、昼間はクラリネットを吹いて夜はパブリックエナミーの曲を掛ける変な生活をしてた。

自分の音楽の方向性や、自分の音楽的所在はどこかを毎日考えてた。

自分から行動する姿勢でいたんだ。始まりはヒップホップのファンでしかなかったし今でもファンではあるけど、俺も何かやってやるとずっと思ってた。90年代後半からは、バンドやオーケストラで学んだことをフル活用してビートを作り始めた。そしたら周りが俺のビートを気に入って褒めてくれたから、大学に進学して就職するんじゃなくて自分の好きなことで稼ごうと思ったんだ。最初に俺に報酬をくれた人たちは、自分の食料を買うより先に俺に金を支払ってくれた。80ドルをスーパーで食料を買うんじゃなくて、俺がパソコンの前に座って作ったビートに対して支払ってくれた。そこで思ったんだ、一人が5人の友達に広めてくれたら世界規模で広がるかもしれないって。

 

R: ははは(笑)

 

9: 価値のあるものを作らないといけない。今となってはその術を身につけたし、ヒップホップのファンでもあるし、それを自分の職業にしたわけで、今度はヒップホップについて自分が感じてることをどう表現しようかと考えたよ。ヒップホップとは何かを知らない人に対して。あるいは、ヒップホップを聴いてる人がその音楽の理解を深めるために。

俺たちの世代は同じデ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストやN.W.Aのレコードを聴いて、それについて語り合いながら育った。

俺はそれを自分の研究分野にしたし、それについて人に何か教えられることがあると思ってる。こういうレコードを14歳かそこらで聴いてた俺たちが感じたことをみんなに伝えることができるだろうって。そんな時にヒップホップの授業をやる話がきて、こういったことが俺にとって生きる意味になった。ヒップホップが俺に与えてくれたものは物凄く多い。だから考えつく方法は全部使ってヒップホップに深く関わっていたいし、恩返しをしたいと思ってる。

  

  

R: ミシェルが、あなたが最初に作ったビートを知りたがってるわ。

  

9: まじでダサかったね。

 

R:(笑)

  

9: ヒドいもんだった。四つ打ちで…

  

同インタビューPart 3↓

同インタビューPart 1↓