J Dilla(J・ディラ)がMPC3000に与えた人間らしさ

  

J Dilla(J・ディラ)

  

今も尊敬を集めるJ・ディラ(1974年2月7日 – 2006年2月10日)は、デトロイト出身のプロデューサー/ビートメイカー。ヒップホップ史において影響力のあるビートを数多く生み出した。2006年、32歳の若さで亡くなるまで、エリカ・バドゥ、ジャネット・ジャクソン、バスタ・ライムス、マッドリブなど数々の著名アーティストやプロデューサーと制作を行う。あえて拍子にキッチリはめないリズムとサンプリングスタイルで、アカイMidiプロダクションセンター(通称MPC)に機械を超えた人間らしさを与えた。

   

   

   

(以下はこのYouTube動画の音声を和訳したものです。※YouTube上の字幕も本ブログ主がつけたものですので悪しからず。)

ナレーション:エステル・カズウェル
ゲスト:ブライアン・レイダー・エリス

   


    

  

これは『MPC3000』です。この部屋には、他にも米国の音楽史で最も象徴的な遺物が並べられています。ここはワシントンD.C.にある国立アフリカ系米国人歴史文化博物館の4階です。このMPCは J・ディラの所有物でした。

  

J・ディラのビートはヒップホップ史において崇められました。

  

   

開発者ロジャー・リンと『MPC60』

  

「テクノロジーは大躍進を遂げました。ロジャー・リンです。これは私とアカイ・プロフェッショナルが開発した『MPC60』です。」

  

  

ヒップホップ界では言わずと知れた名機『MPC』

   

MPCとは、このような小型機器でこの中にあらゆる音をサンプリングし、16個のタッチセンシティブパッドを使い、その音を演奏することができます。1988年、最初のモデルが数千ドルで発売されました。アカイがロジャー・リンのドラムマシンをもとに共同開発した労作です。

  

既存の音をサンプリングし再構築すること自体は、そのずっと前の1980年代後半には行われていましたが、値段や可搬性に難がありました。

    

「このMPCは、自分が求めている質感の音を自分でコントロールできたので革新的でした。」

ブライアン・レイダー・エリス

  

ブライアン・レイダー・エリスと『MPCルネサンス』

 

エリス「色々遊べます。自分で好きにカスタムできるんです。『リンドラム』や『ローランド・TR-808』はドラムマシンに特化していて、あらかじめ組み込まれた音を変えることはできませんでした。」

  

当時はMPC60がスタジオの中枢でした。1994年、アカイからMPC3000が発売されると多くの売れっ子ヒップホッププロデューサーがこれを好んで使いました  。J・ディラもその一人です。

  

  

エリス「ディラが多くのプロデューサーに影響を与えた理由は、テクニックを使った表現の幅広さにあったと思います。」

  

    

J・ディラは90年代半ばデトロイト出身のプロデューサーで、2006年に稀な血液病で若くして亡くなりました。亡くなるわずか3日前、多くの人に愛されることとなった名盤アルバム『ドーナツ』がリリースされたばかりでした。

  

  

名盤アルバム『ドーナツ』2006年2月7日発売

   

  

J・ディラは数々の著名アーティストらと曲を作りましたが、その多くはわずかな楽器とマシンとデジタルサンプラーだけで作られました。その一つがMPCです。

  

  

  

     

エリス「ディラはMPCのすべてを使いこなし、音楽的な魅力を引き出しました。」

 

  

ではまず J・ディラのドラムスタイルを見てみましょう。

 

  

エリス「ディラはマシンで人間味を出す方法を見つけました。硬く、ロボットみたいになることを避けたんです。」

 

  

MPCにはとても便利な「クオンタイズ」という機能があります。

  

エリス「あるドラムパターンを打ち込むとき、自分で演奏すると少し早すぎたり遅すぎたりしますよね?」

  

  

例えばキックが少しズレている場合、クオンタイズで正しい位置に合わせられます。

  

 少しズレている
クオンタイズ使用後

  

   

エリス「大抵のプロデューサーはクオンタイズを使ってました。補助的に使うんじゃなくて、“使わない”という発想がなかったんです。」

   

ですがディラは“クオンタイズは使わなくてもいいだろう”と考えました。その結果このような味のあるドラムが生まれたのです。

  

拍子にキッチリ合わせないビート

  

この正確すぎないドラムが大きな影響を与えました。

レッドブル・ミュージック・アカデミーのインタビューでクエストラブは、J・ディラのドラムテクニックが自分のドラムを変えたと話しています。

  

 

The Rootsのドラマー、クエストラブ

   

クエスト「この部分は普通だけど、(ドラム演奏)・・・キックは酔っ払った3歳児みたいで、これで良いのかよって思ったね。俺の中で最高に解放的な瞬間だった。」

     

ディラは特徴的な低域の質感やそれを多用した構成のドラムで知られています。これがサンプリングされた通常のキック音です。

  

(通常のキック音)

  

この音から高域を遮断するとこうなります。

  

(高域を遮断したキック音)

     

このキック音は、ファーサイドの『Runnin』など、ディラのビートによく登場します。

   

    

もう一つ、ディラの低域が活きているのはベースラインです。

   

  

  

エリス「ディラが作るベース音は、ファズとバンプが効いています。」

   

このMPCがディラのベース音の生成と操作に柔軟性を与え、表現の幅を広げました。

   

  

エリス「ディラは苦労せず即座に全部できたわけではなく、レジェンドたちの音をたくさん聴いたんです。」

 

エリス「ラージ・プロフェッサーなどのプロデューサーがこのテクニックを多用して、サンプルを大いに利用しました。今ループしてる曲は、ギャップ・マンジョーネの『Diana in the Autumn Wind』です。(同曲が流れる)・・・プロデューサーたちはヴァース部分を作るために高域を消し、低域を残してラッパーがラップしやすくし、サビが来るのに合わせて全音域を元に戻しました。これでヴァースとサビでお得なセットの出来上がり!」

  

 

モーグ・シンセサイザー『Voyager』

   

私の好きなディラのベースラインは、実はモーグ・シンセサイザーで作られています。ロバート・モーグが直々にカスタムした特注品です。(同博物館に展示されています。)よく聴いてみると、ベースラインの大部分が曲中で低域を震わせ、ビート周辺を蛇行しているのが分かります。

  

(曲が流れる)

   

エリス「ディラは細部にまですごくこだわり、ゆったりもたれる感じの音を作ろうとしました。彼のモーグベース音は、正確な拍子に乗ってないからこそ耳に入ってくるんです。」

  

ディラは、ヒップホップのテクニックを一つ残らず習得し発展させました。これこそ音への熱烈な愛と好奇心、そして多大な忍耐の賜物です。

    

『E=MC2』という曲では、サブベースっぽい低域が響いています。また、ジョルジオ・モルダーの型破りな曲も見事なサンプルに仕上がっていますね。

  

エリス「この曲を際立たせるのは“イコールズ”という歌詞の伸びです。数拍しかない音をディラは好きなだけ延ばしてみせました。」

  

(エリスの実演)

  

J・ディラのサンプリング能力を示す曲はたくさんありますが、中でも聴くたびに鳥肌が立つのがこの曲です。

  

  ジ・エスコーツの『I can’t stand (to see you cry)』

     

エリス「サンプリングは簡単だと思われがちです。“どうせ上に乗ってるメロディだけ聴いて、その下で鳴ってる楽器や、その楽器が持つそのビートでの役割は考えてないんだろ”と思われてます。」

  

『Don’t Cry』の最初の40秒は長めのループで構成されています。原曲はジ・エスコーツの『I can’t stand (to see you cry)』です。ディラはほぼ手を加えておらず「これ以上やる必要がない」と言っています。ですが40秒地点から、ディラいわく「このMPCの見せ場」が来ます。

  

(曲が流れる)

  

メロディに合わせて切り刻むのではなく、いくつかのキックとスネアを曲全体を通してメロディに関係なく切り刻み、パズルのごとく並べ直し、まるで夢の中のような全く新しい曲を作り出しました。

  

    

エリス「ディラは超ファンキーだったんだと思います。彼が大事にしていたのは・・・レコードのスピードが変わったって気持ち良ければ良いわけで、正確さは窓から捨てちまえよってことじゃないでしょうか。“クオンタイズは忘れろ、マシンは俺の言う通りさ”って感じです。」

 

    

 

アカイはMPC60と3000以来、MPCを次々とリリースし続けました。ガラス質でハイテクで、持ち運びやすく、デジタルオーディオ・ワークステーションに組み込みやすくなりました。ですが16個のパッドとスクロールノブは変わらず、そのタクタイルデザインは数え切れないほどのオーディオソフトウェアのデザインに影響を与えています。

  

   

MPC3000の取扱説明書にはロジャー・リンによる紹介文があり、こう書かれています。

 

「このMPCを楽器のように扱ってほしい。現代のピアノやバイオリンだと思ってほしい。」

   

J・ディラはこの説明書を一度も読まなかったと言われていますが、同じ想いを秘めていました。

  

ジミ・ヘンドリックスがギターを弾くように、ジョン・コルトレーンがサックスを吹くように、MPC3000はディラ自身の延長でした。だからこそ、多くのヒップホッププロデューサーやビートメイカーが長年愛用してきたどのMPCよりも、 J・ディラのMPCが博物館に飾られているのでしょう。

 

 

       

ご視聴ありがとうございました。ブライアン・レイダー・エリス氏にも感謝します。バークリー音楽大学で教授を務め、MC/プロデューサーでもあるエリス氏の作品リンクを(YouTube)概要欄に載せました。私の他のソースや J・ディラに関する他記事リンクも載せたので、是非チェックしてください。Spotifyのプレイリストを作っていないのは、J・ディラの素晴らしいプレイリストが既にあったからです。そのリンクも概要欄に貼りました。16時間あります、すごく良いですよ!

  

   

翻訳元YouTube「J Dilla(J・ディラ)がMPC3000に与えた人間らしさ」