衝撃、マリーナ・アブラモヴィッチ「ギャラリーの壁に掛けられる物なんかではない」インタビュー(1/2)

「ギャラリーの壁に掛けられている物なんかではない」

マリーナ・アブラモヴィッチ
   

By ショーン・オヘイガン、2010年10月3日

  

今年初旬、ニューヨーク近代美術館で行われた700時間連続パフォーマンスの直前、マリーナ・アブラモヴィッチは芸術評論家にパフォーマンスアートと演劇の違いの定義について尋ねられ、こう答えた。

  

「パフォーマンスアーティストになるには、演劇を嫌わなければならない演劇は見せかけ。そのナイフは本物じゃないし、血だって感情だって本物じゃない。パフォーマンスはその反対よ。ナイフも血も感情も全部本物。」

  

パフォーマンスアーティストとして40数年間、アブラモヴィッチは”真のリアリティー“を扱ってきた。それはしばしば多大な肉体的・精神的犠牲を要すものだった。

自らの手をナイフで刺し、カミソリで皮膚を切り取り、裸で十字形の氷の上に横たわることもあった。大衆に、うつ伏せになった彼女の体を突いたり、もっとエスカレートした行動や乱暴に傷つけることさえも許した。ガソリン漬けにしたオガクズで作った巨大な燃える星型の物体の中に寝そべるパフォーマンスを行ったときは、散々な結末となり彼女は一度死にかけた。(炎が空気中の酸素を奪い意識を失ったため観衆の一人が中断させた。彼女は頭と体に火傷をおい病院へ救急搬送された。)

 

  

「私は自分自身を変換させることで自分の限界を試してるの。でも、それと同時に観客からエネルギーを受け取ってそれを変換させている。それは違った形で彼らに返されるから、観客の中には泣いたり怒ったりする人たちがよくいるわ。力のあるパフォーマンスはその空間にいる全ての人を変えてしまう。」

  

  

アブラモヴィッチに会うためにマドリッドへ行った。彼女は、前衛的監督ロバート・ウィルソン、俳優ウィレム・デフォー、歌手アントニー・へガーティらとのコラボレーション作品『マリーナ・アブラモヴィッチの生と死 』という新しい舞台作品の準備に取り掛かっていた。

私は“パフォーマンスアート”という言葉を聞くと、自分を嘘発見器にかけたくなる。“アート”の名の下に誰かが自分自身に(あるいは観客が誰かに)痛みを加えるのを見るなんて全く興味がないし、ましてや血を流すなんてもってのほか。でもアブラモヴィッチは例外だ。彼女は影響を受けた人物にヨーゼフ・ボイスやイヴ・クラインを挙げており、同類のカリスマ性を大いに持っている。しかもそれは大勢のファンに執拗なまでの愛情を鼓舞させるのだ。

  

アブラモヴィッチは63歳だが、20歳は若く見える。全身をゴスのように黒で揃え、長い黒髪は青白い顔に垂れ下がり、熱心なティーンエイジャーのようなエネルギーと熱意を持っている。

  

マリーナ・アブラモヴィッチ

  

  

会ってみると、自虐的で浮気っぽく面白い人だったのでとても安心した。彼女は「イングリッシュティーでも飲みましょうか?」と言い、腰を下ろしウェイターを探した。

  

MoMAでの長期間に渡るパフォーマンスが4ヶ月ほど前に終わり、その疲れがまだ取れていないと言う。

  

“The Artist is Present”と名付けられたそれは、パフォーマンスアートの限界を再定義し、トークショーやニュース特集で多くの議論を生む巨大な文化的出来事となった。

 

この作品には、アブラモヴィッチの言う「シンプル化された、時間の幻を壊す長時間作品」という形がとられた。彼女は終わりまでMoMAの巨大なアトリウムで円状のライトに囲まれ、静止し沈黙したまま木の椅子に座り、1日7時間、3月中旬から5月終わりまでそれを続けた。列に並べば誰もが、彼女の向かいに座り好きなだけ彼女の目を見つめ返し沈黙と静止に応じることができた。

  

MoMAで1日7時間行われた”The Artist is Present

  

その結果に、彼女自身も驚いたと言う。毎日様々な人々が泣き崩れるのだ、それも大抵は沈黙の凝視が始まってたったの数分後に。

訪れた人はブログやSNSでマリーナとの体験についてシェアしたが、その多くは、半宗教的または人生を変える経験だったと綴っている。アブラモヴィッチは興奮冷めやらぬ様子でこう話した。

  

「たくさんの人達の目をじっと見つめて、彼らの内側にある痛みをすぐさま感じ取ることができた。私はその感情を映し出す鏡になったの。全身にタトゥーが入ったギャングの大男が、私を強い眼差しで凝視して、10分後に涙に崩れ落ちて赤ん坊のように泣き始めたわ。」

  

“The Artist is Present”の参加者数は、MoMAの最高記録を破る85万人となった。

  

参加者の多くは、アブラモヴィッチとの1対1の対話のために徹夜で列に並んだ。始めは一部の干渉主義者達が沈黙というルールを守らなかったが、驚くことにほとんどの人がそのルールを尊重しそれに従った。パフォーマンスはすぐに自ずと流れを作り出した。彼女との着座を10回以上行った人々は会を結成し、彼女の前で崩れ落ちた人に「私はマリーナ・アブラモヴィッチと共に泣いた」と書かれたバッジを配布した。

  

だが彼女が一番印象に残ったのは、一日の制限時間めいっぱい7時間、黙って座りつづけた男だった。

  

「並んでいた他の人たちは頭にきて攻撃的になったわ」と彼女は笑った。「でもそれから気付いたのね、待つこともパフォーマンスのうちだって。」

  

最終日、並ぶ人は数千人強となり、一人の男性が円状のライトの中に歩いてきた。その男性は、指を喉に突っ込み嘔吐した。

 

「ものすごい量の液体を吐き出したの。あの人は間違いなくパフォーマンスアーティストね。」

  

もはや言葉が出ないが、彼女が一呼吸置いた後に私はこう尋ねた。

 

なぜ自分がそこに居ることが、それほどの影響を与えるだろうと思ったのか。このアートはセラピーか、もっと深い何かなのか

  

「これが何か凄いことだっていうのは、私には分かりきっていた。ただ沈黙のうちに座り、私と言葉ではない方法で深く会話するための空間を人に与える。私はほとんど何もしない、だけど彼らはそこから神聖な体験を得るの。アートはその力を失ってしまっていたけど、MoMAが束の間、ルルド(カトリックの巡礼地)のようになったわ。」

   

しかし、それはセレブなゲストが訪れるルルドだった。

 

訪れた有名人は、シャロン・ストーン、イザベラ・ロッセリーニ、ルーファス・ウェインライト、ビョークとパートナーのマシュー・バーニーと子供達など。

  

左から娘、ビョーク、マシュー・バーニー

 

レディ・ガガも訪れたが、沈黙の着座はしなかった…のか、できなかったのか。

  

「でもガガは大きな噂になった。マドンナは、アートやパフォーマンスからとても多くを受け取るけど一度もそれを話さない。ガガはもっと気前がいいわね。」

  

MoMAの広報部が有名人らを列に並ばせたことに対し、ネットでは多くの非難があった。アブラモヴィッチによると、その決定は彼女とは無関係であったとのこと。

  

「イザベラ・ロッセリーニ本人だったことすら知らなかった。なんだか見覚えがあるとは思っていたけど。シャロン・ストーンにも気づかなかった。私は別のゾーンにいたの。」

  

  

アブラモヴィッチは、長期のパフォーマンスに取り掛かる際はあるゾーンに入り込む。恐らくそれによって、彼女のアートの位置に明確さが生まれつつも、作品の中で曖昧さと定義し難い要素が残るのだろう。MoMAのショーに向けての数ヶ月、彼女はアメリカの宇宙プログラムNASAが考案した訓練を受けた。

  

  

「身体的にも精神的にも、“忍耐”という業を身につけなければならなかった。ベジタリアンになって、深い瞑想を行い、己を浄化し、身体と心を鍛えたわ。定められた物を食べることを覚えた。そうすれば、7時間トイレに行かなくて済むから。夜は短時間で睡眠を取る方法を身につけた。すごく大変なことよ、寝て起きて、飲んで排尿して運動して、寝て起きて、これのくり返し。だからパフォーマンス以外の時間ですら過酷なの。」

  

  

座ったままが最も苦痛で、手すり無しの木の椅子を選んだのは最大のミスだったと彼女は言う。

  

「細かく言うと本当に最悪よ。肩はだれてきて腕はむくむし、痛みは増してくる。肋骨は内臓につき刺さる感じ。信じられないくらいの身体的苦痛だったし、何回か体外離脱までした。そうすると痛みは消えるんだけど、また必ず戻って来る。最終的にそれが純粋な献身と自制になったわね。」

  

  

  

  

これら全てに関しての根本的な疑問はもちろん、これだ。

  

なぜ?なぜアートの名の下に自らをそんな苦難にさらすのか?

  

  

「私はいつだって執着してるの、子供の時ですらそうだった。」

  

そう言うと突然真剣な表情を浮かべ、初めて話を止めて考え始めた。

  

  

  

 Part 2に続く↓

  

  

  

元記事 The Guardian(英語)
http://www.theguardian.com/artanddesign/2010/oct/03/interview-marina-abramovic-performance-artist