母になってもアーティストとして成功することはできる

By マリーナ・キャッシュダン
2016年8月24日

  

「赤ちゃんができたら働けなくなるなんて古い迷信があります」と、画家のニッキー・マルーフさんは言います。

  

「妊娠がわかった時、キャリアアップのために頑張り始めたところだったので怖かったです。」

 

マルーフさんの抱いた恐れは、キャリア志向の女性ならどんな分野であれ誰もが抱くものでしょう。1年ほど前に私も母になりました。あまり知られていませんが、ワクワクと同時に恐怖もありました。キャリア重視で仕事を愛していた私は、自己の感覚を失うこと、自分のしてきた全てのハードワークが逆戻りしてしまうこと、そして特に、アメリカでは未だに指導者のトップの85%以上は男性だということを考えたら恐怖を覚えました。 

 

「男性アーティストが “自分は子供を持つべきか”と悩む話を聞いたことがありません。」

  

でも、息子が産まれたらその心配は消えました。母になって私のアイデンティティーが変わったわけでも、熱意がそぎ落とされたわけでもなかったのです。

もちろん、バランスを取りづらくなることもありましたが、自分の時間をもっと効果的に使うようになり、やる気も増しました。自分のためだけでなく息子のためにも一生懸命働きました。私が過去数年で話をしたアーティスト兼母親の方々や、これについてインタビューをした多くのアーティストが全体として感じていたことは、“親になることは、もう1つの立ち向かうべき人生の挑戦でありながら、人生やキャリアを妨げる以上に究極的な豊さを与えてくれる選択だ” ということです。

  

 ではなぜ、子供を持つと女性アーティストのキャリアが台無しになるという迷信が中々なくならないのでしょうか?

 

最近、マリーナ・アブラモヴィッチ氏がドイツの新聞ターゲスシュピーゲルに話した内容がヘッドラインを飾りました。

 

「私が思うに、アートの世界で女性が男性ほど成功していない理由は“子供を持つこと”にあります。才能ある女性は沢山いるのに、なぜ重要な地位を男性が継承するのでしょうか?答えは簡単です。愛、家族、子供。女性はこれら全てを犠牲にしたくないからです。」

  

彼女の言葉は怒りと大きな議論を生みました。(トレイシー・エミンなどの女性アーティストらが同じような意見をまくし立てていたことを忘れてはいけません。)

  

クイーンズの自宅にてニッキー・マルーフさんと娘 (写真:Daniel Dorsa)

  

「すごくドナルド・トランプ的な発言です」と、レナ(30)とグレイス(24)の2人の娘を持つローリー・シモンズさんは言います。「子供のいない女性が子持ちの女性に判断を下すのはとても不適切なことです。“女性の内側には子供を持つことで壊れてしまうアーティスト的にとても大切なものがある”という考えは、古風で粗野で時代遅れです。私は、男性アーティストが自分は子供を持つべきかと悩む話を聞いたことがありません。」

  

  

アートの世界には成功を定義するはっきりとしたものがない、と6歳の双子を持つターラ・ドノバンさんは指摘します。

  

「アート業界の苦悩は嫌というほど分かっていますが、女性が “キャリア”のために母である喜びを犠牲にしなければならないという概念は、過ぎ去った時代のタチの悪い二重規範を表しています。アブラモヴィッチ氏はそんな昔の価値観を反映しているアートの世界で活動することを選んだのだと私は思います。それは “価値” や “成功” が男性優位主義者の階層によってもたらされる世界です。オークションで、女性より男性アーティストの作品価格を急上昇させるような特別扱いをする類の業界と同じです。」

  

カーラ・ウォーカーさんもまた、“母親”と“アーティストとしての熱心なキャリア”の両方を選びました。

  

「全ての人が子供を持つわけではないですが、昔流の性差別を掲げることは誰の役にも立ちません」と、ウォーカーさんは言います。彼女は、現在18歳になる娘オクタヴィアが生まれたちょうどそのタイミングで、名誉あるマッカーサー基金の“天才”助成金を受けたのだそうです。

  

「私の娘は今大学に通っていて、そこの大学の人が私の作品について教えています。私は子供もキャリアも欲しかったし、片方がもう片方のエネルギーを奪ってしまうと感じたことはないです。」 

  

  

「誰も、子供を持つことが(男性の)作品を変えるとは考えません。つまり作品は作品、プライベートはプライベートなんです。」 

  

おそらくほとんどの人が、シモンズさん、ドノバンさん、ウォーカーさんを成功しているアーティストだと考えるでしょう。3名とも有力なギャラリー(Salon 94、Pace、Victoria Miro/Sikkema Jenkins & Co.)に代表されており、全員が主要美術館での展示を行い、アートだけで良好な生計を立てています。

実際、ジュリー・メアレトゥ、マルレーネ・デュマス、セシリー・ブラウン、陳佩秋など、世界で最も売れている女性アーティストの多くは母でもあります。また、成功を収めている母親アーティストは、サラ・サイズ、テレシータ・フェルナンデス、ワンゲチ・ムトゥ、フィリダ・バーロウ、コーネリア・パーカー、キャリー・メイ・ウィームズ、ローナ・シンプソンなど多数います。

  

アブラモヴィッチ的な考えをするならば、彼女たちは家庭を捨ててキャリアだけに集中したらもっと成功していたでしょうか?  

あるいは、この考え方のせいで女性は“創造性がゆえに苦しむ孤独な一匹狼”というアーティストの幻想的な迷信に引き戻されてしまうのでしょうか?

  

しかし、男性アーティストがこの“孤独な一匹狼”という幻想を維持しつつ親になる一方で(ジェフ・クーンズ、ダミアン・ハースト、アイ・ウェイウェイ、ジョン・カーリン、オラファー・エリアソン、クリス・オファイリ、アレックス・キャッツなど)、女性アーティストが同じ基準を満たすためには子供を諦めるよう求められることも事実です。

  

「私の人生は、皆が私に押し付けてくるアイデンティティーへの反発の連続でした」とシモンズさんは言います。

  

「そして私は理解したんです、アートの世界には門番がいるということを。子供を持つことが女性アーティストにとって不適切だと考える男性達です。“クソくらえ!そうはさせない” って思いましたね。」

  

ロングアイランドシティーの自身のスタジオにてターラ・ドノバンさんと息子たち (写真:Daniel Dorsa)

  

  

息子を産んで1年足らずのダイアナ・アルハディドさん。自身の作品に関する最近のインタビューでは、母親になって自分の作品が変わったか?という質問にこう答えています。

  

「 “いいえ、私の作品は変わっていないし、あなたはその質問を男性にはしないでしょう” と答えました。誰も子供を持つことが(男性の)作品を変えるとは考えません。つまり作品は作品、プライベートはプライベートなんです。」

  

この二重規範はアートの歴史において間違いなく顕著になりました。しかし、今日までにどれほどの進歩を遂げたかというと未だに疑問です。

  

「偏見はありましたが、私はあまりクヨクヨしませんでした」とアルハディドさんは言います。

  

「きっとアート業界の先輩ママさん達の前例を知っていたからかもしれません。それに、世界には私より厳しい状況下にある女性がいるということも。でも “偏見をもつ奴ら、クタバレ”って思います。どうにかしてその偏見を壊さなくちゃ、そのためにまず手本を示すんです。」

  

アルハディドさんの周りには、自身のディーラー(マリアン・ボースキー氏)も含め、友人や先輩アーティストにも子持ちが多く、“子供を持っても自分のキャリアにネガティブな影響はなかった”と話しています。マル-フさんも自身のディーラー(ジャック・ハンリー)や仲間のサポートを感じたそうで、現代では子供を持つことに関するタブーが消え去ったと信じています。「赤ちゃんをさずかった女性を差別する人なんて、いないんじゃないでしょうか。」

  

ですが、アーティストのレンカ・クレイトンさんは逆の意見を持っています。

  

「私の経験では、子供を持つことはまだ皆にとって決心がいる選択です。今後もアーティストとしてちゃんと相手にしてもらいながら母親業を続けることはできるのかということです。これは初めから結果が決まっていることでは決してありません。」

  

クレイトンさんは2009年、パートナーと共にイギリスからアメリカに移住し、アメリカのシステムにおけるサポートのなさだけでなく(医療サービス、育児休暇、保育において近年多くの議論がある)、第一子出産後の主な養育者としての疎外感を感じていました。

  

「疲れ切って、時間も余裕もなかったので、どうにかして気持ちを切り替える方法を探していました。」

  

 2012年、クレイトンさんは母親業の経験から『An Artist Residency in Motherhood』(母親業中のアーティストレジデンシー)という作品を作りました。

「自分の仕事に役立つものに再び取り掛かりました。例えば、期間限定の住居で新たな素材を使って作品を作るアーティストになったり。すると全てがすごく新しく、珍しく感じました。」

クレイトンさんは3年間このプロジェクトに取り組み、その間に2人目の子供も出産しました。そして去年の春、彼女は公共事業としてこの住居を開放しました。それに合わせて公式招待状や修正可能なマニフェスト、滞在のスケジュールに役立つ企画ツールを備えた “滞在キット” なる物をアーティストがダウンロードできる専用ウェブサイトも開設しました。

「これは、噛み合いそうもない2つの事を同時にやろうとする気持ちから生まれたんです。私はもう完了したので、これからは皆が参加できるものになっています。」

  

シモンズさんもクレイトンさんも、アブラモヴィッチ氏のような古風な意見の伝播により偏見は今もアート業界の多方面にまん延していると指摘します。

  

「最近、すごく大きな恐れと不安を抱いた2人の若い女性が私の所に来ました」とシモンズさん。

  

「2人とも自分のディーラーから、子供を持つことにとても批判的な意見や、それがどれほどキャリアに打撃を与えるかを聞かされたそうです。彼女達の作品を売る責任がある張本人たちが、2人を非難したわけです。」

   

ブルックリンの自身のスタジオにてダイアナ・アルハディドさんと息子 (写真:Daniel Dorsa)

  

ここ30年で起こっている最もポジティブな変化といえば、働く女性アーティストのお手本となる人が増えたことでしょう。

  

「若い女性アーティストが怖がらなくていいように質問に答える責任が自分にはあると、ある時思いました」とシモンズさん。その好調なキャリアと2人の才能溢れる娘さんを見れば、彼女が素晴らしい手本であることはお分かりでしょう。

  

「私が声をあげれば、尻込みしている人が抱えている生活や仕事の変化への恐怖心をいくらか拭えるかもしれないと思いました。」

  

当時は、エリザベス・マレー以外に表立って母親であることを認めるアーティストを目にすることは稀でした。

 

そして当然ながら、強いサポート構造はアーティストを含め新しく親になる全ての人にとって大切なことです。育児の50%を担うパートナー、子育て中のアーティストの選択を後押しするディーラー、赤ちゃんが生まれた時の初歩的なリズムの乱れと新しいスケジュールへの移行に対するスタジオ側の柔軟な姿勢が必要だということです。

  

子供を持つのは簡単だと見せかけることは誰にもできません。簡単ではないからです。

  

子供ができればライフスタイルの大きな変革や経済的な要求を高めなければなりません。特にアメリカでは、政府支援による一般的な育児システムが全くないのです。これはアーティストにとっては特に難題です。

「子供のいないアート仲間ですらニューヨークに住むのに苦労しています。子供がいればもっと大変です」とマル-フさん。彼女はニューヨークに住み、パートナーの雇用を通して医療費給付を受けている自分はラッキーな立場だと考えています。

 

「素晴らしい時間は、そこにあるのではなく自分で実現させるもの。これが私の精神です。」 

   

アルハディドさんは、息子が生まれても忙しい展示シーズンの勢いを緩めることはありません。

「親が適応すれば、赤ちゃんも適応する」と話す彼女の息子は、すでに何度も飛行機に乗っています。

  

「私は今でも自分のキャリアと仕事にとても力を入れています。仕事との新しい関わり方が必要になるというだけの話です。子供がいてもいなくてもそうでしょう。経済状況や今住んでいる場所によって変わることもあれば、家族の死に直面して変わることもあります。仕事との関わり方に不変の形などありません。」

  

  

シモンズさんと夫で画家のキャロル・ダナムさんは育児を分担しています。当時は先駆的なことだった、とシモンズさんは強調します。夫ダナムさんが娘のレナちゃんをスタジオに連れて行き、抱っこ紐で抱えて絵を描いていたことを思い出す、とシモンズさん。

  

「私と夫はとても平等な関係になり始めました。私をアーティストとしてサポートしてくれると分かる相手、そして、私がアーティストであり続けることを確実にするために何でもしてくれる相手、そんなふさわしいパートナーを見つけられたことが偶然だったとは思いません。」

  

左:カーラ・ウォーカーさんと生まれたばかりの娘。
右:ローリー・シモンズさんと娘たち(1993)

  

産休から仕事復帰した後、アートフェアで私はあることに気がつきました。生まれたばかりの赤ちゃんを紐で自分の体に巻き付けてブースでアートを売る男性ディーラー、ベビーカーを押しながら会場を回るキュレーターと美術館ディレクターのカップル、コレクターの両親と通路をくまなく見て回る小さな子供達。それは、以前より良好なアート業界の環境の中にあって自然な光景に感じられました

  

「美術館にディナーをしに行き、隣に座る業界の大物が次に何をするのか私には分かります。携帯を取り出して私に孫の写真を見せるでしょうね。何かが変わってきているんです」と言うシモンズさん。「でも緩和したことがある一方で、未だに子持ちの女性アーティストに対する偏見はあります。」

 

「私は今でも自分のキャリアと仕事にとても力を入れています。仕事との新しい関わり方が必要になるというだけの話です。子供がいてもいなくてもそうでしょう。 

  

  

 母親になって最初の1年は、移り変わりの連続でした。睡眠時間や自分の時間が削られること、新米ママであるがゆえの責任に対する不安は言うまでもありません。

しかし、1人の人間があれほど短期間で急激に成長していくのを目の当たりにし、言葉では言い表せないほど強烈な愛情や経験を得ました。それは、完全にポジティブな意味で私自身や仕事に大きな衝撃を与えたのです。この話をしたアーティストは誰もが同じように感じていました。言ってみれば、子供を持つことがむしろ仕事に利益をもたらしたということです。

  

「私にとって子供は愛の源であり、充足感の源です。それは“成功”を示す唯一にして真の基準の1つだと思います」と言うドノバンさん。「私は他人ではなく私個人が決めた計画を優先することを選んだのだと思います。それが成功者になるためにすべき選択だと、私は信じています。」

  

全ての女性には子供を持つか否かを選ぶ権利があります。そして、男性がそうであるように、子供を持つことを選んだ女性アーティストは、そのためにキャリアを犠牲にしなければならないと感じる必要はないのです。

  

  

 元記事 Artsy(英語)
https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-why-motherhood-won-t-hinder-your-career-as-an-artist