70歳を迎えたスティービー・ワンダー:彼の音楽が伝説である理由

By ベン・ロジャーソン
2020年5月14日

 

私たちもスティービーに “愛してると一言いいたくて”

 

(写真:Gijsbert Hanekroot/Redferns)

  

スティービー・ワンダーが過小評価されていると思う人は少ないだろう。それどころか、ポピュラー音楽史において最も著名なアーティストであるが、そのキャリアについては、しばしば忘れられている。

 

そこでスティービーが70歳を迎えた今(心からお祝いを申し上げます)、彼がその名のとおりワンダー(奇跡)である理由と、生まれ持った驚異的な才能についてお話ししたいと思う。

 

 

1. パイオニアである

 

1970年代にスティービーがしたように、高品質のアルバムを次々とリリースできるアーティストは少ない(というか、いるのだろうか)。『Music Of My Mind』『talking Book』『Innervisions』『Fulfillingness’ First Finale』『Songs In The Key Of Life』では、ものすごく高い水準を保ち続けたが、これらのアルバムは人気があっただけでなく画期的だった。

 

スティービーはロバート・マーゴレフやマルコム・セシル(akaトントズ・イクスパンディング・ヘッド・バンド)と共に、メインストリームの音楽においてシンセサイザーの使い方を開発し、同時にソウルやR&Bの音楽を再定義したのだ。彼のテクノロジーへの興味が薄れることはなく、今でも冬季NAMMショーの常連で、最新の機材を試しては楽しんでいる。

以下の曲は、1974年のアルバム『Fulfillingness’ First Finale』に収録された名曲『Boogie On Reggae Woman』で、それまでに録音されたものの中でも最高級のシンセベースラインの一つだ。

 

2. 自分のキャリアの主導権を握った

 

モータウン(レーベル)との契約が21歳の誕生日に切れたため、スティービーは別のレーベルと契約を交わし、彼のために信託されていた印税を使い、自分のレコーディングスタジオを建てた。それからもう一度モータウンと交渉を行い、より多い割合の印税を得る権利とアーティスト面での完全な主導権を約束する条件で合意した。また、自分の出版社も設立している。

 

これらすべてから分かるように、その天才的な楽才もそうだが、スティービーは自分の欲しいものを手に入れる術を心得ている。

  

1971年にリリースされた『Never Dreamed You’d Leave In Summer』は、彼が初めて共同で作曲・制作した曲の一つだ。

 

 

 

3. あなたより多くの楽器が弾ける

 

一つの楽器がとても上手に弾ける人はいるし、複数の楽器を弾きこなす人もいるだろう。しかし、スティービーの演奏スキルは並外れて広範囲に渡る。

 

鍵盤系の楽器、特にピアノ(アコースティックと電子)とクラビネットの達人である彼は、ドラム、ベース、コンガ、ボンゴ、そしてご存知の通り、クロマチックハーモニカも演奏できる。さらに非常に腕利きのプロデューサーでもある。

 

彼のドラムスキルは以下の『I Wish』の動画でチェックしてほしい。

 

 

4. いくつかの良からぬ場面を切り抜けてきた

 

多くのアーティスト同様、スティービーも時にキャリアを汚すようなことをしてきた。『I Just Call To Say I Love You』は大ヒットになったが、全く極端に感傷主義的な曲で、その情感はポール・マッカートニーとの共作『Ebony and Ivory』の動機づけにもなり称賛に値する作品ではあったが、この曲自体には若干のダサさがある。

 

しかしこうした好ましくない事はあれど、スティービーの音楽史における立場は確固たるもので、彼の良作がその好ましくない部分をはるかに大きく上回っている。

 

 

5. セサミストリートにファンクをもたらした

 

バートやアーニー、ビッグバードなどと共演したアーティストは多いが、スティービーほどシビれるパフォーマンスをしたアーティストは少ない。1973年4月の放送だ。

 

放送内では、自身の曲『Superstition』の非常にタイトな演奏が披露された。以下の動画4:10に映る子供の熱狂ぶりには皆さんも頷けるだろう。